旅行+生活情報+ドイツ語と、ちょっと言いたい今日のドイツ
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(拍手のコメントにはカテゴリー「拍手へのお返事」でお返事を書いています)
ノルマンディー海岸見学のために、わざわざ引き潮の時間を狙っていくのにはわけがあります。
遠浅のため、潮が引くと大きなビーチが出現するのですが、それと共に現れる第二次世界大戦の遺物がゴールドビーチに転がっているからです。

潮が引くと現れる、当時の遺物

満ち潮になると、緑色のところまで水が来る。海の向こうにも遺物が見える。
これも上陸作戦と関係があるだろうことは誰でもわかりますが、いったい何に使ったんでしょうね?
この答えがD-Day博物館の中にありました。

ゴールドビーチに作られた人工の港
6月に連合軍が上陸作戦に成功した後は、各国の連合軍は内陸地へ進軍しました。
そこで必要になるのが、後方からの物資および人員輸送拠点。
しかし、港を有するシェルブール(北ノルマンディーの西の果て)を陥落するのに手間どり、やっと手に入れたのは8月末で、それもドイツ軍によってすでに港湾施設は破壊され、再び港としての機能を持たせるのに時間がかかりました。
そのため、連合軍は上陸作戦によって手中に入れた場所に人工港を作ることを余儀なくされ、選ばれたのがこのゴールドビーチと、激戦のあったオマハビーチでした。
すでに連合軍はこの地域の制空権を取っていたので、人工埠頭建設の邪魔が入ることはありませでしたが、浜が遠浅なために輸送船を直接ビーチに着けることができない。
そこで、戦車も通れる巨大な橋を有した、大規模な人工港、マルベリー・ハーバーが作られました。
Mulberry Harbor(Wipedia英語版)
Mulberry-Hafen(Wikipediaドイツ語版)
Wikipediaには各国が公開している当時の写真がたくさんアップされているので、当時の様子を実際に見ることができます。
上の写真は、当時のゴールドビーチに作られた人工港です。
手前に見えるのが人工の防波堤です。
右側に四角いブロックが並んでいるのはわかると思いますが、右側が何かわかりますか?
左側は船を利用した防波堤です。
ここにはたくさんの老朽船が集められ、防波堤予定地域に次々に沈められました。
船が足りなくなった後は、大きなコンクリートブロックを沈めて防波堤を完成させました。
人工防波堤で波に守られた内側には船舶が接岸することのできるハシケ状の埠頭が作られ、そこから長い組み立て式の橋を使って、遠浅のビーチに物資を運びこみました。
博物館では埠頭の大きなモデルが置いてあって、詳細まではっきりと見ることができますが、光がガラスに反射してしまい、写真を撮れませんでした(残念)
なので、角から撮れた下の1枚だけではありますが、埠頭から延びる橋がどのようになっていたかはわかると思います。

満干潮でも問題なく埠頭へ行くために、橋が使用された

橋の向こうに大規模なハシケ状埠頭が見える
この人工港は上陸作戦開始翌日の6月7日から13日をかけて作られましたが、オマハビーチでは暴風のため、完成直前にして壊滅的なダメージを受けました。
そのため、一つだけになったゴールドビーチの港はフル活動となり、シェルブール港が使えるようになる10月末まで、連合軍に物資と人員を供給し続けました。
さて、ここで記事の冒頭に戻りますが、未だにゴールドビーチに残る当時の遺物が何なのか、これでわかったでしょうか?
そう、あれは当時の橋だったんですね。
そして、海の向こうの物体は、防波堤に使われたコンクリートのブロックです。
Google mapにも、はっきりと映っています。
このままでも機能しますが、地図の下のリンクで地図が拡大します。
旧防波堤を地面から撮った写真がWikipediaにあったので、載せておきます。
Google map を拡大してみると、左側の海面に格子模様の巨大なブロックが見えますが、これが下の写真の部分です。

防波堤に使われた巨大なブロックの近影

記事上部の写真の背景に映っていた遺物が、この防波堤
ノルマンディー上陸作戦は、映画やドキュメンタリーによく取り上げられるので結構知っていますが、ここにマルベリー港と呼ばれる大きな人工港が作られたのは全く知りませんでした。
D-Day博物館ではこの人工港に関する展示も多く、港建設の様子を当時撮影された映像で見ることもできます。
あちこちに残る、破壊されたドイツ軍の「大西洋の壁」とともに、ゴールデンビーチのマルベリー港はノルマンディー上陸作戦観光には欠かせない場所となっています。
平和な風景の中に残る生々しい傷跡は、D-Dayに死んでいった無数の兵士たちの無念が残っているようで、歴史を感じずにはいられません。
遠浅のため、潮が引くと大きなビーチが出現するのですが、それと共に現れる第二次世界大戦の遺物がゴールドビーチに転がっているからです。
潮が引くと現れる、当時の遺物
満ち潮になると、緑色のところまで水が来る。海の向こうにも遺物が見える。
これも上陸作戦と関係があるだろうことは誰でもわかりますが、いったい何に使ったんでしょうね?
この答えがD-Day博物館の中にありました。
ゴールドビーチに作られた人工の港
6月に連合軍が上陸作戦に成功した後は、各国の連合軍は内陸地へ進軍しました。
そこで必要になるのが、後方からの物資および人員輸送拠点。
しかし、港を有するシェルブール(北ノルマンディーの西の果て)を陥落するのに手間どり、やっと手に入れたのは8月末で、それもドイツ軍によってすでに港湾施設は破壊され、再び港としての機能を持たせるのに時間がかかりました。
そのため、連合軍は上陸作戦によって手中に入れた場所に人工港を作ることを余儀なくされ、選ばれたのがこのゴールドビーチと、激戦のあったオマハビーチでした。
すでに連合軍はこの地域の制空権を取っていたので、人工埠頭建設の邪魔が入ることはありませでしたが、浜が遠浅なために輸送船を直接ビーチに着けることができない。
そこで、戦車も通れる巨大な橋を有した、大規模な人工港、マルベリー・ハーバーが作られました。


Wikipediaには各国が公開している当時の写真がたくさんアップされているので、当時の様子を実際に見ることができます。
上の写真は、当時のゴールドビーチに作られた人工港です。
手前に見えるのが人工の防波堤です。
右側に四角いブロックが並んでいるのはわかると思いますが、右側が何かわかりますか?
左側は船を利用した防波堤です。
ここにはたくさんの老朽船が集められ、防波堤予定地域に次々に沈められました。
船が足りなくなった後は、大きなコンクリートブロックを沈めて防波堤を完成させました。
人工防波堤で波に守られた内側には船舶が接岸することのできるハシケ状の埠頭が作られ、そこから長い組み立て式の橋を使って、遠浅のビーチに物資を運びこみました。
博物館では埠頭の大きなモデルが置いてあって、詳細まではっきりと見ることができますが、光がガラスに反射してしまい、写真を撮れませんでした(残念)
なので、角から撮れた下の1枚だけではありますが、埠頭から延びる橋がどのようになっていたかはわかると思います。
満干潮でも問題なく埠頭へ行くために、橋が使用された
橋の向こうに大規模なハシケ状埠頭が見える
この人工港は上陸作戦開始翌日の6月7日から13日をかけて作られましたが、オマハビーチでは暴風のため、完成直前にして壊滅的なダメージを受けました。
そのため、一つだけになったゴールドビーチの港はフル活動となり、シェルブール港が使えるようになる10月末まで、連合軍に物資と人員を供給し続けました。
さて、ここで記事の冒頭に戻りますが、未だにゴールドビーチに残る当時の遺物が何なのか、これでわかったでしょうか?
そう、あれは当時の橋だったんですね。
そして、海の向こうの物体は、防波堤に使われたコンクリートのブロックです。
Google mapにも、はっきりと映っています。
このままでも機能しますが、地図の下のリンクで地図が拡大します。
旧防波堤を地面から撮った写真がWikipediaにあったので、載せておきます。
Google map を拡大してみると、左側の海面に格子模様の巨大なブロックが見えますが、これが下の写真の部分です。
防波堤に使われた巨大なブロックの近影
記事上部の写真の背景に映っていた遺物が、この防波堤
ノルマンディー上陸作戦は、映画やドキュメンタリーによく取り上げられるので結構知っていますが、ここにマルベリー港と呼ばれる大きな人工港が作られたのは全く知りませんでした。
D-Day博物館ではこの人工港に関する展示も多く、港建設の様子を当時撮影された映像で見ることもできます。
あちこちに残る、破壊されたドイツ軍の「大西洋の壁」とともに、ゴールデンビーチのマルベリー港はノルマンディー上陸作戦観光には欠かせない場所となっています。
平和な風景の中に残る生々しい傷跡は、D-Dayに死んでいった無数の兵士たちの無念が残っているようで、歴史を感じずにはいられません。
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第2次世界大戦のノルマンディー上陸作戦は有名ですが、どこだったか言えますか?
イギリスの南方に位置する、ノルマンディー地方北部の海岸です。
当時はドイツ側も連合軍が上陸してくることを予期して、イギリスから上陸可能な海岸線をノルウェーからフランスまで、「大西洋の壁」と呼ばれる海岸守備網を建設していました。実際には物資不足で、壁が完成することはありませんでしたが、イギリスに一番近いカレーを中心に、そこから東西に守備網が続ていました。
連合軍側は早くからノルマンディーへの上陸を計画していましたが、いくつもの偽装工作をし、ノルマンディー上陸はないとドイツに思わせることに成功したのが、この上陸作戦の成功の鍵となりました。
しかし、この上陸作戦の成功については、ただ連合軍側の作戦だけではなく、ドイツ軍側にも問題があったようです。
この大西洋の壁に挑戦した連合軍側は、アメリカ、イギリス、そしてカナダ。
作戦開始は1944年6月6日。
上陸は海と空からで、空からはパラシュート部隊が内陸部に降下して、ドイツ軍の背後に回り込む作戦でした。
下の写真をクリックして拡大すると、海路と空路、および参加国の上陸地点がよくわかります。
アメリカ軍:オマハビーチ、ユタビーチ
イギリス軍:ゴールドビーチ、ソードビーチ
カナダ軍:ジュノービーチ(ゴールドビーチとソードビーチの中間)
さて、前勉強はこのくらいにして、そろそろゴールドビーチに到着です。
上の地図で言うと、左から3番目の矢印の場所。
イギリス軍が上陸したアロマンシェスのビーチです。

イギリス軍が上陸したゴールドビーチ(引き潮時)
多くの犠牲を払って連合軍が上陸したこのビーチに立てば、当時の様子が知りたくなります。
そこでお勧めなのは、ここの海岸にある「Musée du Débarquement」(ノルマンディー上陸博物館)。ここに上陸したイギリス部隊の資料は興味深いです。
また、連合軍が上陸した各ビーチにもそれぞれの博物館があるので、各ビーチの上陸の様子がよくわかります。

ノルマンディー上陸博物館

向こう側の平和なお土産屋さんとミスマッチする兵器

作戦に使用した船などのモデル
博物館の中にも当時の写真がありましたが、イギリスやアメリカ政府の機密書類だった当時の写真がすでに公開されていて、Wikipediaにも載っているのでここに持ってきました。
当時の様子が垣間見えます。
上陸作戦では、どのビーチでも多数の犠牲者が出ました。
さえぎる物のないオマハビーチでは集中攻撃を受け、50%にあたる約3000人の兵士が数時間のうちに死亡しています。
また、ジュノービーチに上陸したカナダ軍も、ドイツ軍の一斉射撃の的となり、ビーチにたどり着けなかった兵士が続出して、上陸開始約1時間で50%の死亡者が出ました。
映画「Private Ryan」には、この過酷な上陸戦闘シーンがあります。
非常にリアルに撮影されていてショッキングなシーンもありますが、実際も恐らくこんな様子だったんじゃないかと思います。
映画では20分程度で終わるこの戦闘シーン、現実には数時間続きました。
さて、引き潮になるとビーチに現れる当時の遺物ですが、下のようなものです。

当時に作られたあるものの名残なのですが、今回は記事が長くなりすぎるのでちょっと無理。
次回にご紹介することにしますね~
イギリスの南方に位置する、ノルマンディー地方北部の海岸です。
連合軍側は早くからノルマンディーへの上陸を計画していましたが、いくつもの偽装工作をし、ノルマンディー上陸はないとドイツに思わせることに成功したのが、この上陸作戦の成功の鍵となりました。
しかし、この上陸作戦の成功については、ただ連合軍側の作戦だけではなく、ドイツ軍側にも問題があったようです。
- 連合軍が上陸するのはノルマンディーだと考えていたロンメル陸軍元帥が海岸線守備の補強を訴えたにかかわらず、もう一人の元帥が内陸地での戦闘を提唱したために、海岸線守備に半分の兵力しか投入できなかった。
- また、守備に当たった兵士たちは東部戦線から来た非ドイツ人や弱小者が多かったために士気が高まらず、連合軍が上陸したあとは簡単に降参する兵士が多かった。
- 後方に待機していた3個師団は、出動に必要なヒットラーの許可が遅くなったため、海岸地方に向かう途中に連合軍の爆撃を受けて多くの戦車を失った。
- 連合軍が先に行ったフランス内陸部の爆撃のせいで道路が破壊されたりしたため、ドイツ軍への物資がなかなか届かなかった。
- 上陸前夜にイギリスからフランスのレジスタンスにあてた暗号放送をキャッチしたドイツ側情報部が軍最高司令部とカレーに警告を送ったが、ノルマンディー上陸はないと考えられていたために、ノルマンディーには届いていなかった。
この大西洋の壁に挑戦した連合軍側は、アメリカ、イギリス、そしてカナダ。
作戦開始は1944年6月6日。
上陸は海と空からで、空からはパラシュート部隊が内陸部に降下して、ドイツ軍の背後に回り込む作戦でした。
下の写真をクリックして拡大すると、海路と空路、および参加国の上陸地点がよくわかります。
アメリカ軍:オマハビーチ、ユタビーチ
イギリス軍:ゴールドビーチ、ソードビーチ
カナダ軍:ジュノービーチ(ゴールドビーチとソードビーチの中間)
さて、前勉強はこのくらいにして、そろそろゴールドビーチに到着です。
上の地図で言うと、左から3番目の矢印の場所。
イギリス軍が上陸したアロマンシェスのビーチです。
イギリス軍が上陸したゴールドビーチ(引き潮時)
そこでお勧めなのは、ここの海岸にある「Musée du Débarquement」(ノルマンディー上陸博物館)。ここに上陸したイギリス部隊の資料は興味深いです。
また、連合軍が上陸した各ビーチにもそれぞれの博物館があるので、各ビーチの上陸の様子がよくわかります。
ノルマンディー上陸博物館
向こう側の平和なお土産屋さんとミスマッチする兵器
作戦に使用した船などのモデル
博物館の中にも当時の写真がありましたが、イギリスやアメリカ政府の機密書類だった当時の写真がすでに公開されていて、Wikipediaにも載っているのでここに持ってきました。
当時の様子が垣間見えます。
上陸作戦では、どのビーチでも多数の犠牲者が出ました。
さえぎる物のないオマハビーチでは集中攻撃を受け、50%にあたる約3000人の兵士が数時間のうちに死亡しています。
また、ジュノービーチに上陸したカナダ軍も、ドイツ軍の一斉射撃の的となり、ビーチにたどり着けなかった兵士が続出して、上陸開始約1時間で50%の死亡者が出ました。
映画「Private Ryan」には、この過酷な上陸戦闘シーンがあります。
非常にリアルに撮影されていてショッキングなシーンもありますが、実際も恐らくこんな様子だったんじゃないかと思います。
映画では20分程度で終わるこの戦闘シーン、現実には数時間続きました。
さて、引き潮になるとビーチに現れる当時の遺物ですが、下のようなものです。
当時に作られたあるものの名残なのですが、今回は記事が長くなりすぎるのでちょっと無理。
次回にご紹介することにしますね~
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足を怪我して2週間がたちました。
火曜日に、2回目のレントゲン撮影のために医者に行ってきたんですが、今度のレントゲン写真を見ると・・・
ありゃりゃ!
初日のレントゲン写真では骨の真ん中にヒビが入っているように見えたんだけど、今度のを見ると真ん中から上に向かったヒビが、左に曲がって外に繋がってる・・・

Wikipediaにあった、他人様の足を拝借
骨が外側にほんのわずかですが出ていて、はっきりと骨折だとわかる。
初日に「骨折じゃないですね?」と聞いたら、先生が「骨折です」とはっきり言ったのは、このせいか~
ヒビでもちゃんと亀裂骨折という名前があるから、それを指してるんだろうと思ったら、マジでポキッになりかけてたんですねΣ( ̄Д ̄lll)・・・・
骨のずれがないので問題はないだろうということで、次回の検査は1か月後だと言われました。
またもや処置は何もなし。
机の上に、どっかの協会から来た「50%も上限超えてるから、節約しないと罰則食らうぞ」手紙のコピーが置いてあるので、このくらいは我慢しないといけないんだなと、社会保険加入者は諦めるのであります。
しかし、初日に気が付かなかった横線がどうして今見えるんだろう?
もしかして、先週末にフリーマーケットに行って、結構歩いたからだろうか?(汗)
ここで、息子が言っていたことを思い出しました。
骨折は皮下出血を伴うから、当然足が腫れあがります。
そしてこの腫れが骨を圧迫するので、固定と同じ効果がでるんだとか。
確かに、足が腫れあがって動かせなかった。
怪我の初日から2週間たった今は、腫れが引いて骨への圧迫が減ったために、骨折の全景がはっきり見えるようになったわけなんですな。
大きめのヒビだけだと思ってたもので、実際の折れ方を見てちょっとショック・・・
我ながら、一体どんなけの力で壁に足を叩きつけたんでしょうかねえ・・・・・・(_ _|||)
1か月後には怪我は治っているだろうと言われたので、全治1か月半だってことになる。
これって、軽傷にはならないけど、重症ともいえない。
中間だと思うんだけど、なんて言えばいいんですかね?
中傷なんて言葉は聞いたことないし・・・・?
で、調べてみると・・・うーん
中間がなくて、軽傷と重傷しかない。
たしかに、これしか聞いたことないですけど、軽傷から急に重傷になるというのもねえ・・・
ついでですが、重傷と重体の違いが書いてあるところも多かったので、一緒に書いときます。
軽傷:1か月未満で治る怪我
重傷:1か月以上かかる怪我
重体:命が危険な状態
ということは、28日で治った怪我は軽傷で、33日かかった怪我は重傷ってなことになるわけです。
全治3か月という本当の重傷もあるわけだし、全治1か月半で重傷というのはおこがましいような気がするんですけどねえ・・・
ニュースでは様々な言い方をしているようで、全治4週間の重傷だったり、4週間のけがだったりするようです。
警察では、軽傷、中傷、重傷と分けているとか。
おや、警察では「中傷」が使われているんですか・・・
ならば、どうして世間では使われないんでしょうね?
私の怪我は上の基準から言うと重傷になるようですが、特別な靴着用なら一応歩けるし、入院もしてないし、全治1か月半の怪我という言い方になるんですかね?
ともかく、足の腫れが引いてからは、怪我をした部分も動かせるようになってしまったので、これからは今までの何倍も気を付けないといけないようです。
火曜日に、2回目のレントゲン撮影のために医者に行ってきたんですが、今度のレントゲン写真を見ると・・・
ありゃりゃ!
初日のレントゲン写真では骨の真ん中にヒビが入っているように見えたんだけど、今度のを見ると真ん中から上に向かったヒビが、左に曲がって外に繋がってる・・・
Wikipediaにあった、他人様の足を拝借
骨が外側にほんのわずかですが出ていて、はっきりと骨折だとわかる。
初日に「骨折じゃないですね?」と聞いたら、先生が「骨折です」とはっきり言ったのは、このせいか~
ヒビでもちゃんと亀裂骨折という名前があるから、それを指してるんだろうと思ったら、マジでポキッになりかけてたんですねΣ( ̄Д ̄lll)・・・・
骨のずれがないので問題はないだろうということで、次回の検査は1か月後だと言われました。
またもや処置は何もなし。
机の上に、どっかの協会から来た「50%も上限超えてるから、節約しないと罰則食らうぞ」手紙のコピーが置いてあるので、このくらいは我慢しないといけないんだなと、社会保険加入者は諦めるのであります。
しかし、初日に気が付かなかった横線がどうして今見えるんだろう?
もしかして、先週末にフリーマーケットに行って、結構歩いたからだろうか?(汗)
ここで、息子が言っていたことを思い出しました。
骨折は皮下出血を伴うから、当然足が腫れあがります。
そしてこの腫れが骨を圧迫するので、固定と同じ効果がでるんだとか。
確かに、足が腫れあがって動かせなかった。
怪我の初日から2週間たった今は、腫れが引いて骨への圧迫が減ったために、骨折の全景がはっきり見えるようになったわけなんですな。
大きめのヒビだけだと思ってたもので、実際の折れ方を見てちょっとショック・・・
我ながら、一体どんなけの力で壁に足を叩きつけたんでしょうかねえ・・・・・・(_ _|||)
1か月後には怪我は治っているだろうと言われたので、全治1か月半だってことになる。
これって、軽傷にはならないけど、重症ともいえない。
中間だと思うんだけど、なんて言えばいいんですかね?
中傷なんて言葉は聞いたことないし・・・・?
で、調べてみると・・・うーん
中間がなくて、軽傷と重傷しかない。
たしかに、これしか聞いたことないですけど、軽傷から急に重傷になるというのもねえ・・・
ついでですが、重傷と重体の違いが書いてあるところも多かったので、一緒に書いときます。
軽傷:1か月未満で治る怪我
重傷:1か月以上かかる怪我
重体:命が危険な状態
ということは、28日で治った怪我は軽傷で、33日かかった怪我は重傷ってなことになるわけです。
全治3か月という本当の重傷もあるわけだし、全治1か月半で重傷というのはおこがましいような気がするんですけどねえ・・・
ニュースでは様々な言い方をしているようで、全治4週間の重傷だったり、4週間のけがだったりするようです。
警察では、軽傷、中傷、重傷と分けているとか。
おや、警察では「中傷」が使われているんですか・・・
ならば、どうして世間では使われないんでしょうね?
私の怪我は上の基準から言うと重傷になるようですが、特別な靴着用なら一応歩けるし、入院もしてないし、全治1か月半の怪我という言い方になるんですかね?
ともかく、足の腫れが引いてからは、怪我をした部分も動かせるようになってしまったので、これからは今までの何倍も気を付けないといけないようです。
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Google で検索することが少ないので遅くなっちゃいましたが、また遊べるホリデーロゴがでましたねえ~
Googole で検索するときに、何かの記念日だと画像やフラッシュがついてくることがあります。
今回は世界で最も有名なエレキギターの一つであるレスポールを発明したアーティスト、レス・ポールの96回目の誕生日記念日ということで、ギター。
ぱっと見た目はただの画像に見えますが、マウスをギターの上に持っていくと、おやおや~

見た目はただの画像 だけど・・・

マウスを持っていくと音が出る
マウスをギターの上に持っていくと、弦が動いて音がでる。
右下のボックスのようなものをクリックすると、こんどはキーボードで演奏することもできるんですね~
キーボードはドレミがABCとなります。
キーボードモードにしても、弦で直接音を出すことができます。
日本語版だと遊べる残り時間が少ないですが、英語版なら日本時間の明日7時まで遊べます。
面白いことが好きな方は遊んでみませんか?
Google のホリデーロゴについては過去記事で説明しています。
遊べるGoogle のホリデーロゴ。これは面白い!
以前に公開されたホリデーロゴは、ホリデーロゴアーカイブページで公開されています。
有名な記念日の他に、各国特有の記念日のロゴもあって、なかなか見応えもがあります。
前回の記事で紹介したジュール・ベルヌ生誕記念の遊べるロゴも、このアーカイブページの2011年2月8日のところで公開されています。
リンクが付いたロゴは動くロゴで、別ページで動いているのを見たり、遊んだりできるので、クリックしてみてくださいね~
日本語版ホリデーロゴ掲載ページ
Googole で検索するときに、何かの記念日だと画像やフラッシュがついてくることがあります。
今回は世界で最も有名なエレキギターの一つであるレスポールを発明したアーティスト、レス・ポールの96回目の誕生日記念日ということで、ギター。
ぱっと見た目はただの画像に見えますが、マウスをギターの上に持っていくと、おやおや~
見た目はただの画像 だけど・・・
マウスを持っていくと音が出る
マウスをギターの上に持っていくと、弦が動いて音がでる。
右下のボックスのようなものをクリックすると、こんどはキーボードで演奏することもできるんですね~
キーボードはドレミがABCとなります。
キーボードモードにしても、弦で直接音を出すことができます。
日本語版だと遊べる残り時間が少ないですが、英語版なら日本時間の明日7時まで遊べます。
面白いことが好きな方は遊んでみませんか?
Google のホリデーロゴについては過去記事で説明しています。

以前に公開されたホリデーロゴは、ホリデーロゴアーカイブページで公開されています。
有名な記念日の他に、各国特有の記念日のロゴもあって、なかなか見応えもがあります。
前回の記事で紹介したジュール・ベルヌ生誕記念の遊べるロゴも、このアーカイブページの2011年2月8日のところで公開されています。
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イースター祝日の日曜日は抜けるような青い空で、絶好のドライブ日和。
この日はノルマンディー上陸作戦で有名なノルマンディー北海岸へ向けて走りました。
D-Dayで知られたこの海岸に行くためには、ひとつ絶対に忘れてはいけないことがあります。
それは、必ず干潮の時間に行かなければならないということ。
なぜかわかります?
実は干潮になると、当時の遺物が水の下から現れてくるんです。
せっかく観光するなら、未だに残っているその遺物も見学しないと意味がない。
ということで、ちゃんと家で潮の満ち引きの時間を調べてきました。
モン・サン・ミシェルもちょうど干潮で、遥か彼方にまで水が引いた頃に観光でしたが、こっちのほうは実は偶然。私としては、できれば満潮時が見たいところでした。
さて、潮の干満潮の時間ですが、いくつかサイトがあります。
自分が利用したサイトが見つけられないので、他のサイトのリンクを持ってきました。
このサイトにある地図から場所を選ぶこともできるし、地名で選ぶこともできます。
青いポイントにマウスを持っていくと地名が、クリックするとそのページに行きます。
フランス語なので、Google の翻訳機能を利用するとわかりやすいですが、干潮はグラフになっているのですぐわかるでしょう。

サイトにあるマップを利用すると簡単
フランスの海岸の干満潮インフォメーション
pleimer(フランスの海岸)
pleimer(ノルマンディー海岸)
この日の干潮は9時半。
10時までに着けばいいだろうということで、8時にグランヴィルを出発です。
この日は高速道路ではなく、国道を走ったので、ノルマンディー特有の風景が次々に現れてきます。

これぞ、ノルマンディー特有の石造りの家

どこへ行っても石造り

質素な石の家も、お店になると賑やか

なーんにもないノルマンディーの田舎

コンクリート製の、足かけ付き電信柱
途中で見かけた電信柱にびっくりしました。
足を掛けるためにはしご状になっている。
息子によると、これは戦前から使われているもので、ドイツでも田舎のほうに行けばまだ残っているところがあるそうな。
私たちが走った道路や町にも、戦時はドイツ軍や連合軍が進行したのだろうから、この電信柱は歴史の証人でもあるわけですね。
あちこちで放牧された牛たちがのどかに草を食んでいる、こんなのんびりした田舎でも、当時は激しい戦闘があったはず。上陸作戦があった海岸が近づいてくるにつれ、思いは自然に戦争へと傾いて行きます。
次回はいよいよ、ノルマンディー上陸作戦の舞台です。
この日はノルマンディー上陸作戦で有名なノルマンディー北海岸へ向けて走りました。
D-Dayで知られたこの海岸に行くためには、ひとつ絶対に忘れてはいけないことがあります。
それは、必ず干潮の時間に行かなければならないということ。
なぜかわかります?
実は干潮になると、当時の遺物が水の下から現れてくるんです。
せっかく観光するなら、未だに残っているその遺物も見学しないと意味がない。
ということで、ちゃんと家で潮の満ち引きの時間を調べてきました。
モン・サン・ミシェルもちょうど干潮で、遥か彼方にまで水が引いた頃に観光でしたが、こっちのほうは実は偶然。私としては、できれば満潮時が見たいところでした。
さて、潮の干満潮の時間ですが、いくつかサイトがあります。
自分が利用したサイトが見つけられないので、他のサイトのリンクを持ってきました。
このサイトにある地図から場所を選ぶこともできるし、地名で選ぶこともできます。
青いポイントにマウスを持っていくと地名が、クリックするとそのページに行きます。
フランス語なので、Google の翻訳機能を利用するとわかりやすいですが、干潮はグラフになっているのですぐわかるでしょう。
サイトにあるマップを利用すると簡単
フランスの海岸の干満潮インフォメーション


この日の干潮は9時半。
10時までに着けばいいだろうということで、8時にグランヴィルを出発です。
この日は高速道路ではなく、国道を走ったので、ノルマンディー特有の風景が次々に現れてきます。
これぞ、ノルマンディー特有の石造りの家
どこへ行っても石造り
質素な石の家も、お店になると賑やか
なーんにもないノルマンディーの田舎
コンクリート製の、足かけ付き電信柱
途中で見かけた電信柱にびっくりしました。
足を掛けるためにはしご状になっている。
息子によると、これは戦前から使われているもので、ドイツでも田舎のほうに行けばまだ残っているところがあるそうな。
私たちが走った道路や町にも、戦時はドイツ軍や連合軍が進行したのだろうから、この電信柱は歴史の証人でもあるわけですね。
あちこちで放牧された牛たちがのどかに草を食んでいる、こんなのんびりした田舎でも、当時は激しい戦闘があったはず。上陸作戦があった海岸が近づいてくるにつれ、思いは自然に戦争へと傾いて行きます。
次回はいよいよ、ノルマンディー上陸作戦の舞台です。
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